「まったく、また面倒なお告げが降りたものねぇ」
卑弥呼は、輿(こし)の上で白く濁った神酒を豪快にあおりながら、
誰にとも無く言う。
「夕飯くらい好きなもの食べたいわよ・・・ったく・・・」
『今晩は、鹿を食え』と言うお告げを示した甲羅を片手でもてあそびながら、ふと自分達の向かっている先に目を向けた。
そこには、稚武彦達が我先にと狩りに向かった、巨大な森が広がっている。
「まったく、稚武彦も焦ってんじゃないわよ」
豪華な作りの輿は、御柱と呼ばれる装飾の施された2本の太い
丸太の上に、人が一人くつろげるほどの小さな社(やしろ)
がすえられている。淡い色の薄布が風にあおられるたびに中にいる
卑弥呼の姿を覗うことが出来た。
流れるような黒髪と、意思の強さを物語る目が印象的な女性だ。
輿の周りには、狩り用の石槍ではない武器を手にした者たちが連なっていた。
邪馬台国の民全てが、食べられるほどの鹿を狩るともなれば、兵士も
出さざるをえないと言うことだ。
輿を担ぐ8人の屈強そうな風貌、そして、薄布から覗く卑弥呼の姿は、
神の行列を思わせる雰囲気をただよわせていた。
「しかし、あれだね・・・」
卑弥呼がおもむろに大声を上げた。眉をひそめ、目が鋭く光る。
「卑弥呼様、どうかなさいましたか!?」
卑弥呼の身辺を守る者達の、取りまとめ役が輿の横から聞き返す。
卑弥呼の顔がかすかに覗えたため、その表情から何か神託が降ったのかと
不安に襲われる。
「遅い!」
手に持った杯を振り回し、輿を担ぐ屈強そうな男衆の坊主頭に
神酒をぶちまけた。
それに反応したかのように、何かのスイッチが入ったのか、おもむろに男衆は走り出した。無表情のまま・・・
兵士達も遅れまいと走り出すが、選び抜かれた担ぎ手達はどんどん
加速する。
輿を先頭に、バラバラに走り出した一行は深い森の中へ消えていった。
卑弥呼の高笑いと共に・・・


稚武彦が森に入ってから数刻の時間がすぎていた。
動物のねぐらを探すというのは、ナカナカに骨が折れる作業だ。
そのため、森に入ってから稚武彦が優秀な者を数名集め、
その者たちを頭とした班分けを行い、担当する山を割り当てた。
稚武彦の率いる稚武彦班は、邪馬台国の中でも優秀な狩人達を集め、
一番深い『御神木の森』へ向かった。
そこは、木々が生い茂り、獰猛な動物も多く生息していると言われ、
狩人ですらなかなか足を踏み入れようとはしない森なのだ。
その反面、動物が冬眠するなら『御神木の森』ではないか、と言う
邪馬台国一の弓の使い手である矢常彦(やつねひこ)の提案から、
稚武彦の集団はこの森へ入ることを決めた。
しかし、未だに一匹の鹿も見つける事が出来ていなかった。
「なぁ・・・鹿って冬眠するんだったっけ?」
横に居る側近の部下に、稚武彦がたずねる。
「はい、この地方の鹿は冬眠するのです!」
部下はマジな目で答える。有無を言わせない勢いだ。
「そ・・・そうだった・・・よね」
その部下の剣幕に押されて、稚武彦は目をそらせながら言った。
「さぁ、稚武彦様ぐずぐずしていると日が暮れてしまいますよ!」
変にテンションの上がった部下が、稚武彦の肩を掴み森の奥へ
グイグイと進んでゆく。
「分かってるって、引っ張るなよ佐和彦」
佐和彦と呼ばれた部下の青年は、稚武彦の幼馴染でもあり、昔から
鍛錬等も共に行い、無二の親友だ。
「恐らく卑弥呼様の事、神殿からお出ましになり、我々を追い抜きにくるはずです」
「あ・・・あぁ・・・姉さんならやりかねないな・・・」
稚武彦は額に手を当て、溜息混じりに答えた。
卑弥呼は、神殿から出てはならないと執政官達からも釘をさされていながら、いつでも何事にも顔を出してくる性格なのだ。
そして、常日頃から『女王としての品格を身につけるべし!』と稚武彦が口をすっぱくして言っているのにもかかわらずだ。
「稚武彦様!卑弥呼様に我々の凄さを再認識してもらいましょう!!」
佐和彦が目を輝かせながら森の奥を見つめる。
恐らく、彼にしか見えない卑弥呼の姿でも見えていたのだろう。
稚武彦は、卑弥呼に憧れていると言う、親友の密かな心のうちを知っている。邪馬台国の男子は皆、卑弥呼を慕い、崇拝しているのは当然なのだが、佐和彦のソレは『恋心』と言うにふさわしいことも・・・。
しかし、稚武彦は思う。『再認識』とは、一度でも凄さを感じさせた相手になら『再』と言えるのだが、はたして自分達が一度でも『凄い』と卑弥呼に思われた事があったのだろうか、と。
その時、木の上にのぼって探索をしていた矢常彦の声が耳元で聞こえた。
遠く離れた仲間へ耳打ちする事ができるという、優秀な狩人が操る話術の一種を矢常彦が使ったのだ。
稚武彦班全員に同時に話しかけたのだろう、全ての者が動きを止めその声に耳を傾ける。
「かなり距離があるが、大きな鹿の様な物が目視出来る」
稚武彦班に沈黙のどよめきが起こり、皆の顔が明るくなる。
数刻もの間、収穫も無く森の中を移動し続けた疲労が一気に報われるような思いがした。しかし、続く矢常彦の言葉が、その喜びを束の間のものへと変えた。
「だが、注意されたし」
「何か問題でもあるのか?」
稚武彦が小声で聞き返す。話術同様、優秀な狩人は小さな音もある程度までなら拾える聞術を使えるのだ。
「色が・・・白・・・いや、銀色の鹿」

そう、矢常彦の見えるそれは、鹿の形をした何かだったのだ!!!

さて、どうなる?w

 

〜ここまで登場した人物(設定は増やしましょうw)〜
卑弥呼:邪馬台国の女王・巫女。
稚武彦:卑弥呼の弟。
佐和彦:稚武彦の友で側近。卑弥呼Love
矢常彦:冷静な狩人