稚武彦から、銀色の話を聞いた卑弥呼は、脇に壷を抱えると、兵を御神木の森の前に置き去りにして、スキップしながら森に入っていった。

「お、おい…今、卑弥呼様…なんか壷を持っていったよな?」

「あ、ああ。まさか、あの壷の中に、銀(しろがね)の鹿を封じるつもりか?」

兵達は、思い思いの言葉を口にするが、その秘密は稚武彦だけが知っていた。

「ね、姉さん…何もこんなときに、プーさんに会いに行かなくてもいいじゃないか…」

卑弥呼の部屋で、転がっていた壷を思い出しながら、稚武彦はポツリとつぶやいた。

「まったくも〜。みんな言い伝えに踊らされすぎよ。」

その卑弥呼は、神の声を伝える者にあるまじき言葉を口にしながら、のんきに森の中をスキップしている。

実際、その言い伝えを作ったのは、卑弥呼自身であるのだが。

「はぁはぁ、そろそろ虚しくなってきたわ。」

スキップにも飽き始めた頃、卑弥呼の視界に、巨大な木の幹が入り込んだ。

それが、御神木の森の名の由来である、御神木である。

御神木の幹の下には、木漏れ日を浴びて、キラキラと身体を銀色に輝かせている一匹の動物がいた。

「あ、いたいた!しろちゃ〜ん!」

卑弥呼は、スキップをやめて立ち止まると、大きく腕を振って銀の鹿に手を振った。

「…おお。卑弥呼か。そろそろだと思っていたのだ。」

しろちゃんと呼ばれた鹿は、嫌な顔をするどころか、逆に嬉しそうに微笑んでいる。

卑弥呼は、しろちゃんのところまで駆け足で移動すると、しろちゃんは卑弥呼の手に顔をこすりつけた。

「あはは!しろちゃん、くすぐったいわよ。でも、今日も助かったわ。」

「ああ。卑弥呼は、我々の声を聞ける、唯一の人間だからな。これくらい、どうってことはないよ。」

「仕方ないわよ。私だけ、神と人間の間に生まれた子どもなんだから。神の血を引くのは、私だけなのよ。」

卑弥呼は、軽く手を上げて首を横に振る。すると、抱えていた壷が地面に落ちてしまった。

「ん?ああ、あいつも起してくるか。今日は一つだけか?」

しろちゃんは、地面に落ちた壷を口で拾い上げると、卑弥呼に渡した。

「うん。これしかもってこなかったから。そうそう、今日は、鹿の肉を夕食に、って言っちゃったのよ。」

実は、今日のお告げ。卑弥呼がはちみつを欲しいがために、嘘をついたのであった。

しろちゃんに気付いてもらうために、わざわざ大規模な兵を動かしたのである。

「なに?だから、人間達は殺気立っていたのか。」

呆れた表情のしろちゃんは、大きくため息をついた。

「大丈夫よ。鹿の肉を溶かしたものが、このはちみつだって言えば、みんなだまされるわよ。」

「それはいいんだが。それでは、卑弥呼の分のはちみつが、なくなってしまうぞ?」

しろちゃんの言葉に、卑弥呼はハッとした表情になる。

「…全く。悪知恵が働くかと思ったら、間抜けなんだからな。まあ、プーなら、なんとかしてくれるだろう。」

「う、うん。お願い。」

卑弥呼が申し訳なさそうに謝ると、しろちゃんはフッと笑い、大きく息を吸った。

「グォォォォォォ!」

森の中だけではなく、外にもしろちゃんの叫びは響き渡った。

「卑弥呼様!?」

「まさか、卑弥呼様は失敗したのか!?」

森の外で待っている兵達が、ざわめき始めた。

「お、俺が行ってくる!」

佐和彦が森の中へ入り込もうとするところを、稚武彦が腕をつかんで止めた。

「待て!まだ失敗したとは決まっていない!ここは、姉さんを信じて待とう!」

「…わ、わかった。」

佐和彦は、義兄弟になるであろう稚武彦の言葉を信じ、森に入ることをやめた。

「しろちゃん、そんなこと言ったら、プーが怒るんじゃないの?」

「大丈夫だ。ああいわないと、あいつは動かないからな。」

森の外では、緊迫した空気が流れていることなど、全く知る由もない卑弥呼は、のんきに幹に寄りかかっていた。

しろちゃんが叫んだ言葉。それは…

「プー!さっさと出てこないと、熊鍋にしちまうぞ!」

であった。

数分後…

「しろ〜!ケンカを売っているのかプー!?」

黄色い熊が、腕を振り上げながら御神木へ走ってきた。

ますます話の流れが分からなくなってきた!さあ、この先はどうなる!?