「プーさんがぁ・・・・てぃっ!」

 走ってきた小柄な黄色い熊が奇妙な掛け声とともに、銀色の大きな鹿の首に突きをお見舞いする。

「グォォォォォ!!!」

 突きを食らった銀色の鹿、通称『しろちゃん』は、突然の不意打ちに避けることも出来ず、突き飛ばされ御神木に叩きつけられた。御神木全体が大きく振るえ、森の中に耳を覆いたくなるような衝撃音がこだまする。

「ふ・・・不意打ちとは・・・卑怯な!!」

 大きな衝撃を頭に食らい、痛みを振り払うように立派な角の生えた頭を何度も振り、しろちゃんは体勢を立て直そうとする。

「ふふん、鹿風情がボクを鍋にするなんて、白亜紀から出直して来いってんだ!」

 黄色い熊、通称『プーさん』は、両手を腰に当て満足そうに言う。黄色い熊は銀色の鹿同様、非常に珍しい。普通の熊の毛は黒か茶色だが、蜂蜜狩りの名人(名熊)にだけ黄色の毛並みが神々より与えられる。この名人(名熊)の採取した蜂蜜には、特別な力が宿る上に美味なため、神々が何年も前から予約を入れて手に入れるほどの一品なのだ。

 熊としては小柄なのだが、黄色の毛並みを与えられると同時に、高い知能と神通力をも与えられ『熊の中の熊』と、熊社会では羨望の眼差しを一身に集めるほどの熊なのである。その神通力のおかげで、卑弥呼とも言葉を交わすことが出来るのだ。

「肉食の野蛮な種族が、森の神である私に無礼を働くとは!」

 衝撃から立ち直ったしろちゃんは、そう言い放つと、プーさんに角を振り上げて突進した。だがその攻撃は、プーさんに受け止められ、二匹の力比べへと発展する。

「はいはい、仲良しさんの挨拶はそれくらいにしてくれないかしら?」

 二匹の間に割ってはいる人影が現れる。見るからに華奢そうな年齢不詳の美女が、左手で熊の頭を、右手で鹿の角を押さえ込み、二匹の力比べはそこで終わりを告げた。

「なんだ、卑弥呼が来ているなら先に言えよ、しろちゃん」

 そう言うとプーさんは、卑弥呼の首に嬉しそうに飛びついた。卑弥呼は、プーさんを抱きかかえて頭を撫でる。傍目には、子供くらいの大きさの黄色い毛玉を卑弥呼が抱きかかえているようにも見て取れるだろう。

「まったく、こんな美女を見落とすなんて、罰が当たるわよ?」

 プーさんを抱えなおし、卑弥呼は笑いながら言った。プーさんと、しろちゃんもつられて笑う。姿が獣なだけに、豪快と表現されるにふさわしい笑いっぷりだ。

「貴方達の笑いかたって、普通に聞いたら恐いかもね」

 卑弥呼は、然も真面目そうな顔をして2人に言う。それは酷いと、プーさんとしろちゃんは抗議の声を上げた。

 

 銀色の鹿の声であろう叫びが、森中に響き渡った後、轟音と共に御神木が揺れるのを目の当たりにした稚武彦達の間に、動揺のざわめきが起こっていた。

 プーさんに蜂蜜をもらいに行った事を知っている稚武彦も、わずかながらに動揺していた。プーさんについては、色々と姉の卑弥呼から聞かされている。しかし、銀色の鹿について伝承以外、聞かされてはいない。その上、プーさんと言う愛らしい名前が付いていようとも、相手は獰猛な熊なのである。

 稚武彦は常々卑弥呼に、獣相手では何が起こってもおかしくはないのだ、十分気をつける様にと、口をすっぱくして言っているのだ。

「御神木まで震えている!何が起こっているんだ!!」

 佐和彦が今にも駆け出しそうな勢いで、木々の間から見える御神木を凝視して叫ぶ。御神木は巨大で、他の森の木々よりも数倍高くそびえているのだ。

「御神木が揺れた後に、もう一つ別の獣の鳴き声も聞こえました。あれは恐らく『月色熊』の物ではないかと・・・」

 矢常彦が神妙な面持ちで、稚武彦と佐和彦に耳打ちする。『月色熊』とは、邪馬台国の生ける伝説となっている熊だ。

 伝承によれば、邪馬台国の前進とも言える馬城国と言う名前、だったかどうか分からないが、巨大な国がこの地方に存在したらしく、森を荒らし月色熊の怒りをかったため、かどうかは不明であるが、一晩で馬城国は壊滅させられてしまったのだと言うことだ。

 狩人達の間では、月色熊を度々目撃したという噂が流れており、そのため『生ける伝説』と言われているのだ。

 稚武彦は声を落とし、姉の卑弥呼から聞いた黄色の熊に関する伝承の最後の節を口にした。

 〜黄の毛並みを持つ熊を怒らせてはならぬ・・・かの熊、怒りしとき、その国に大いなる災いが降りかかるであろう〜

 佐和彦は、はっと我に返り、稚武彦に言う。

「卑弥呼様に万一の事があれば、我々は存在意義を失います!」

 存在意義まで失うのかよ、と稚武彦は心で突っ込みを入れながら、真剣な面持ちで佐和彦を見つめる。その言葉に矢常彦も頷き、稚武彦に真剣な視線を向けてくる。お前もかよ・・・と、稚武彦は思う。

「稚武彦様、卑弥呼様を助けに行きましょう!」

「だがな、佐和彦。姉さんはここで待つようにと・・・」

 卑弥呼の言いつけは、邪馬台国において絶対である。だが、佐和彦と同じ程かどうかは分からないが、稚武彦も駆けつけたい気持ちはある。しかし、卑弥呼の言葉を自分が守らず、民に示しがつくのかと自問する。

「私は、行きます!私は卑弥呼様命・・・っつ・・・卑弥呼様は私のぉ・・・っ・・・私の卑弥呼様・・・っていうか!!!私の命は、卑弥呼様を守るためにあるのです!」

 何度かかみまくった後、佐和彦はそう言い放ち、耳まで赤くして御神木の森の中へと、猛ダッシュして行ってしまった。

「あの馬鹿!!矢常彦!ついて来い!皆はここに残り、帰還を待て!夜明けまでに戻らぬ時は、国へひきかえせ!」

 稚武彦の迅速な指示が飛び、兵士が敬礼を返す。その返事も待たずに、稚武彦と矢常彦は、佐和彦の消えた森に姿を消した。

 その時、笑い声の様な獣の鳴き声が、暗く口をあけた御神木の森から響いてきた。

 つわもの揃いの兵士達の顔から血の気が失せ、不安そうに全員が御神木を見上げた。

 

 プーさんから蜂蜜を受け取った卑弥呼は、満面の笑みを浮かべていた。卑弥呼の腕には、小さな壺が3個抱えられている。小さい壺とは言っても、不思議な力が宿っており、見た目よりもかなりの量が入るため、3個もあれば十分民衆に行き渡らせる事が出来、卑弥呼も長いこと楽しめそうだ。

「予約無しで、こんなにもらっちゃって悪いわね」

「卑弥呼は特別さ」

 卑弥呼の喜んでいる姿を見て、嬉しそうにしろちゃんとプーさんも笑みを浮かべる。だが、不意に卑弥呼の瞳に不安な感情が表れ、しろちゃんとプーさんが不思議そうな顔をする。

「何かあったのか?卑弥呼」

 しろちゃんの問いに卑弥呼は壺を地面に置くと、お告げを占った亀の甲羅を、懐から取り出した。

「民には、鹿肉を食べろってお告げだった事にしたんだけど、本当のお告げの事で、2人に相談したい事があって・・・」

 卑弥呼は下草の生えた柔らかい地面に腰を下ろすと、そっとヒビの入った甲羅を草の上に置いた。


 ますます、迷走する物語・・・さて、どうなるのか!?


〜登場人物と獣〜
卑弥呼:邪馬台国の女王、神の血を引く
稚武彦:卑弥呼の弟
佐和彦:卑弥呼命、稚武彦の友で部下
矢常彦:冷静な狩人、猿のように森を飛びまわれる
しろちゃん:シ○神!?銀色の鹿
プーさん:黄色い熊、蜂蜜狩りのプロ