「さて、後は火を起こせば始められるわね」

 羽織りを脱ぎ捨て、髪を結いなおし、覚悟を決めた表情で卑弥呼は言った。

 先ほどまで(ただの)リンボーダンスに使っていた長さ2メートルほどの棒に、小さな枯れ枝が蔦草によって巻きつけられている。バブルスくんは、火打石の具合を確かめるように何度か打ち鳴らし、点火の合図を待っていた。

「燃焼時間の長い、油杉の枯れ枝にしておいたが、我々が耐えれられなくなるかもしれん。一発できめるんだぞ」

「わかってる」

 しろちゃんの言葉に力強く頷き、卑弥呼は大きく息を吸い込んだ。

 棒の両端を支えるしろちゃんとプーさんも、真剣な面持ちだ。油杉は文字通り、油分をたっぷり含んだ木だ。点火しやすい枯れ枝は、邪馬台国の主婦に人気の一品だ。しかし、その熱量は大きく、危険な道具でもある。無駄な様子を言い表した『油杉の火に水』と言うことわざもあるくらいだ。棒を支えている2人が、一番危険なのかもしれない。

「・・・・よし!!バブルスくん、火をおねが・・・ん?」

 心の準備も整い、バブルスくんが点火しようとしたその時、卑弥呼の真剣な表情が一変した。

 

 草の陰で息を潜めている3人がいた。卑弥呼の弟の稚武彦、その友人で部下の佐和彦、邪馬台国一の狩人の矢常彦である。

「ど、びっくりしたぁ!」

 押しつぶされたカエルの様な声を出しながら、佐和彦は地面に突っ伏している。

 先ほど、角に大量の木の枝を積み、背中に黄色い熊を乗せた銀色の鹿が、真横を通り過ぎていったのだ。普通の人間なら感づかれてもおかしくは無かっただろう。しかし、邪馬台国一の狩人と、5本の指に数えられるほどの武芸を身につけている彼達は、気配を殺しその場を何とかやり過す事が出来た。

 3人がようやく平常心を取り戻し、御神木の根元の光景に目を向けられる様になったころには、棒状の松明のようなものが作り上げられ、それを前に凛々しい表情を浮かべた卑弥呼が仁王立ちしていた。

「ひ・・・卑弥呼様・・・高く結い上げたら・・・うなじが・・・」

 佐和彦がよだれをたらしそうな表情を浮かべ、食い入るように見入っている。稚武彦以外の者は『卑弥呼様のご尊顔を拝する』と言うくらい、卑弥呼を直接見る機会はあまり無い。佐和彦にとっても同様であり、彼の心中は、稚武彦に到底理解できるものでは無いのだろう。

「佐和彦、音だけは立ててくれるなよ」

 心配そうに稚武彦が、佐和彦の肩に手をかける。矢常彦は、隣で静かに御神木の方を注視している。その時、佐和彦の口から意味不明なタイミングで笑いが漏れた。

「うふ」

 思いのほか大きかったその声に驚き、稚武彦と矢常彦が地面に突っ伏する。佐和彦も、無意識に笑ってしまったのだろう、自分の声に驚いた様子で、2人と同様に地面に伏せた。

「も・・・も・・・申し訳ありません」

 押し殺した声で佐和彦が、稚武彦に謝罪を申し立てる。稚武彦は、思いっきり見開いた目で睨みつけ、口の形だけで『ばかものめぇぇぇぇ』と繰り返している。3人は気配を完全に消すかのように、地面と同化して張り付いた。相手側の様子が覗えないだけに、祈りを捧げるしかなすすべが無かった。

「あんた達・・・はぁぁ・・・」

 突然、呆れかえった女性の声が、頭の上から降り注ぐ。3人の(特に稚武彦の)顔は、蒼白になっていたことだろう。聞き覚えのある声の主は、卑弥呼の物だった。

 

 顔面蒼白な稚武彦、目を輝かせ卑弥呼を見つめる佐和彦、平常心を装う矢常彦の3人は、卑弥呼と獣3匹に囲まれ正坐をさせられている。

「ウホホウホホウホ」

「そうよね、やっぱ御神木も許してくれないわよね」

 森人と呼ばれる猿の鳴き声に、卑弥呼が返事を返す。

「ガゥアゥ、ガゥガゥ」

「それは出来ないわ。絶対に・・・」

 黄色い熊の鳴き声に、真剣な顔で卑弥呼が首を振る。

「ブィーューン、フューン、フューン」

「当たり前でしょ!同じ立場になれば分かるわよ!」

 今度は銀色の鹿の声に答える。眉間にしわを作り、卑弥呼は真剣に抗議の声を上げる。

 3匹がその後も何か言っている様だったが、卑弥呼が片手を上げ制止し、その論議に結論が出たようだった。そして、卑弥呼が空を見上げ、何事か考えを巡らせてた。

 稚武彦達に3匹の言葉は理解する事が出来ず、全て卑弥呼の受け答えや表情から察するより方法はなかった。しかし、その論争は、どう考えても恐ろしい会話である様にしか見受ける事ができなかった。

『猿はきっと、御神木が怒っているって言ったんだ・・・熊なんか、俺達を食べちまえって言ったに違いない。姉さんがあんなに真剣な顔で拒絶したんだ、間違いない・・・そして、鹿は、熊の意見に賛成なんだな・・・姉さんの立場上、国民を犠牲には出来ない・・・その後3匹は、賛成意見とかを言っていたに違いない・・・空を見上げたのは、恐らくお告げの事かな・・・鹿肉、夕食に間に合うのか・・・うっ、何だかお腹いたくなってきた・・・』

 顔面蒼白の稚武彦は、心の中で推察した事柄をまとめていた。隣の佐和彦の間抜け面が、何とも恨めしい。これで武芸の達人なのだから、邪馬台国も終わったなと、のん気な思いがふと頭をよぎる。

 その時、今までの表情が嘘だったかのように、恐いくらいの優しい笑顔を作った卑弥呼が、3人に思いっきり迫って言った。

「あんた達、炎獄林棒団主を知っているわね」

「はい!知っています!卑弥呼様!」

「よし!」

 佐和彦が間髪を入れずに返事を返し、卑弥呼も間髪を入れずに一言返す。稚武彦は、言っている意味が分からず、目を瞬かせる。その隣で何も言わず頷いたのは、矢常彦である。

 だが、稚武彦は知っていた。卑弥呼がこの笑顔をした時は、大抵ろくでもない事になるのだ。

「協議の結果、あんた達と炎獄林棒団主をやらなくちゃいけなくなったわ」

 日も傾きかけた頃、4人と3匹のファイアーリンボーダンスの祭りが幕を開けたのだった。

 

 


激爆付録!!〜アソコの会話の要訳〜

バブルス:
「ウホホウホホウホ(訳:見られても、奉納の踊りは捧げなきゃまずいよ)」
卑弥呼:
「そうよね、やっぱ御神木も許してくれないわよね」
プーさん:
「ガゥアゥ、ガゥガゥ(訳:いいじゃん、ちゃっちゃと始めようよ。こいつら見学でいいじゃん)」
卑弥呼:
「それは出来ないわ。絶対に・・・」
しろちゃん:
「ブィーューン、フューン、フューン(訳:卑弥呼、もしかしてお前、林棒団主をこいつらの前でやりたくないとか・・・)」
卑弥呼:
「当たり前でしょ!同じ立場になれば分かるわよ!」
3匹:
「恥ずかしがるなよぉ〜、やれよ〜(笑)」「ヤンヤヤンヤ」