―――炎獄林棒団主―――

 そんなものに問答無用で巻き込まれた稚武彦、佐和彦、矢常彦の3人は今、鹿と熊が掲げる棒の前に一列に並んでいた。

「いいこと、私は奉納の舞を舞うから、あんたたちは林棒団主を御神木に捧げるのよ!」
 森人(オランウータン)の持っていた火打石を借り受けた卑弥呼が、今まさに点火しようと3人とは反対側の棒の前に立っていた。

「がうがぁうがうぅがっ!(奉納の舞なんて、ほんとは必要ないくせに!)」

「フューン、フィーン、フォン(うまいこと言って、林棒団主から逃げたな)」

「そんなことないわ!御神木は満足してくれるはずよ!」

 なぜこんなことになったのか―――茫然自失としていた稚武彦は、この姉と鹿と熊のやりとりを見て、こう推察した。

(熊はきっと、俺たちじゃ成功しないと言ったんだろう・・・・そして鹿はきっと、やっぱり食うべきだとでも言ったんだ・・・・)

 姉の真剣な目を見た稚武彦は、自身を鼓舞するかのように自らの頬を両手で叩いた。そして、

「よし!佐和彦!矢常彦!我らと国民の命運がかかっている!なんとしても成功させるぞ!」

「はい!もちろんです!」

 佐和彦は、卑弥呼にイイトコを見せようと、やる気満々だ。矢常彦は冷静に頷いた―――と、思いきや、棒が燃え出す前に、瞳からめらめらと炎を吹き出していた。佐和彦以上にやる気満々なようだ。

 稚武彦たちの気合を目の当たりにして、卑弥呼は艶然と微笑んだ。

「それじゃ、用意はいいわね?」

「はい!姉さん、やってください!」

 先頭に立つ稚武彦は、覚悟を決めて点火を待つばかりの棒を見つめた。

「御神木よ・・・・今、炎獄林棒団主を御身に捧げる!」

 卑弥呼は火打石を打ち鳴らし、しろちゃんとプーさんが支える棒がついに燃え始めた。
「始めよ!」

 卑弥呼の合図で、バブルスくんが太鼓でリズミカルな楽を奏で始めた。それに合わせて、優雅に舞う卑弥呼。

 稚武彦たちはまず、1mの高さに挑戦だ。

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」

 3人は一人ずつ順番に、問題なく1mをクリアした。燃え上がる棒の熱気で、3人と2匹はすでに汗だくだ。

 しろちゃんとプーさんは棒の高さを変えた。次は80cmだ。

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」

 稚武彦は、熱気に顔をしかめながら、それでもわずかに余裕を見せてクリアした。だが、次の佐和彦が棒を潜り抜けようとしたその時、

「ぐきっ!」

 と、佐和彦の腰の辺りから音がして、佐和彦はその場に体を逆に折ったまま崩れた。佐和彦はここで脱落だ。

 次の矢常彦が棒を潜るには、佐和彦が邪魔である。痛みのあまり動けずにいる佐和彦を、卑弥呼が器用に舞いながら、棒の下から蹴り出した。そして、矢常彦は難なくクリアした。

 しろちゃんとプーさんは、棒をさらに低くした。今度は60cmだ。棒は激しく燃え上がり、そろそろしろちゃんとプーさんの毛を焦がし始めた。

 稚武彦も腹を焦がしつつ、なんとか潜り抜けた。矢常彦にはまだ、余裕がある。しかし、次の50cmで、熱さと腰の痛みに耐え切れず、稚武彦は地面に背中と手をついてしまった。矢常彦は成功した。

 ついに、矢常彦一人になってしまった。棒の高さも40cmとなり、棒を支えるしろちゃんの角とプーさんの手も燃え始めたが、林棒団主はまだ続けられた。

 矢常彦はなんと、40cmも成功させた。腹部が多少焦げているが、まだまだ平気なようだ。

 棒の高さはついに、30cmとなった。常に冷静で無口な矢常彦であったが―――、

「ほおおおおぉぉぉぉぁあああ!!!」

 一声吠えると、かっと目を見開き、上体を反らせ、限界まで腰を落として棒を潜り始めた。

 炎は矢常彦の全身をじりじり焦がし、しろちゃんとプーさんはすでに火達磨だ。それでも棒を支え続ける2匹に、未だ体を逆に折ったまま微動だにしない佐和彦を介抱しつつ、稚武彦は感服の眼差しを送った。

 そして――――、

「どぅやあぁぁぁぁああぁあ!!」

 足以外、まったく地面に触れずに矢常彦は棒を潜りきった。それを舞いながら見届けた卑弥呼は、舞をやめ、高々と両手を上げ御神木を仰いだ。

「御神木よ!炎獄林棒団主を捧げた我らにご加護を!」

 すると、御神木がにわかに光だし、風もないのにさわさわと枝が揺れ始めた。

 光は優しく一同を包み込み、火達磨になったために全身重度の火傷を負っていたしろちゃんとプーさんが、毛の一本も焦げ痕が残らないほど全快した。

 稚武彦の腹部の焦げ痕と、矢常彦の全身にわたる軽い火傷も癒された。

 御神木は、捧げられた炎獄林棒団主に満足したのだ――――。

「みんな、ご苦労様。これでしばらくの間、我が国は御神木に守られて安泰よ」

 卑弥呼から満面の笑みがこぼれた。姉のこんな純粋な笑顔を、稚武彦は初めて見た気がする。なんだか稚武彦も気持ちが上向いてきた。

「矢常彦、よくやったな」

 稚武彦は、大健闘だった矢常彦の肩を叩いて、その労をねぎらった。鹿と熊と森人も、前足を叩いたり、地面を打ったりして称えてくれているようだ。

 そうやって、皆が達成感に包まれる中、彼らの足元で、佐和彦は芋虫のように転がっていた――――。