命がけの炎獄林棒団主を終えてから、一週間が過ぎたある日。

「姉さん。紹介したい人がいるんだ。」

いつものように、卑弥呼の神託を民に伝え終えた稚武彦が、なぜか顔を赤らめながら卑弥呼を訪ねた。

「え?どうしたのよ。急に改まって。あ、男の紹介ならだめよ。私は、生涯独身じゃないとだめなんだから。」

神の言葉を伝えるものとして、卑弥呼は人間の世界にいる間は、佐和彦が知ったらショックを受けるだろうが、独身でいなければならなかった。

そう。この世界にいる間の話である。神の血を引く卑弥呼は、その肉体が滅んだ時に、神である父から、

「ちゃんといいやつを探しておくから、しばらくの間、独身でいてくれ。な〜に、たかが7〜80年くらいだ。」

と言われている。もちろん、誰にも内緒のことである。

この世界での80年は、かなり長いのだが、卑弥呼の父からしてみれば、ほんのちょっとのことなのだろう。

「わかってるけど…じゃあ、ニヤニヤしているのはなぜなんだい?残念ながら違うよ。」

稚武彦は、口元が緩んでいる卑弥呼を、呆れた様子で見つめる。

「な!誰がニヤついているって!?稚武彦、目が悪くなったんじゃない!?」

卑弥呼は、頬を両手で叩いて顔を戻すと、耳まで赤くしながら、稚武彦に怒鳴りつけた。

「…ぷ…まあ姉さん、話を戻すよ。凪(なぎ)!入っておいで!」

「ちょ、ちょっと!なんで笑うのよ!」

恥ずかしさで顔を赤くしている卑弥呼を、鼻で笑いながら、稚武彦は廊下に向かって大声で叫んだ。

「は〜い!」

すると、女性の声が返ってくると同時に、慌しく掛けてくる音が響いた。

“ドタドタドタ…ドテ!”

「…稚武彦、私は、これくらいじゃ笑わないわよ?」

「ち、違う!別に俺は、姉さんを笑わせたいわけじゃない!凪!大丈夫か!?」

卑弥呼たちの目の前で、豪快に転んだ凪と呼ばれる女性。

卑弥呼はあきれ返り、稚武彦は慌てふためいて凪の腕を取る。

「ご、ごめんなさい、稚武彦様。あ、この方が噂の卑弥呼様ね。お初にお目にかかります、卑弥呼様。」

凪は、転んだときに鼻を打ったらしく、鼻血をたらしながら、卑弥呼に頭を下げる。

「こ、こら!床に血がつくでしょう!早く拭き取りなさい!」

卑弥呼は、役目を終えた甲羅を、素早く鼻血の落下地点に置くと、わらで編んだハンカチを渡した。

「す、すいません。でも、さすがお局…いいえ、卑弥呼様。年齢にあった風格がありますね。」

「…なんか、言葉の端々にカチンとくるものがあるけど…稚武彦、こいつは何者なの?」

凪の表情は、にこやかで愛想がいいのだが、その裏には、何か恐ろしいものが隠されているようである。

「姉さん、気にしないでくれ。凪に悪気はないんだよ。ただ、正直すぎて…ゴホン!」

「稚武彦、後で話があるからね。」

「わ、わかりました…」

卑弥呼の視線に、稚武彦は背筋が凍る思いをしながら、カクン、と首を縦にふった。

「それで、彼女は何なの?」

まだ収まりのつかない卑弥呼であったが、これ以上話を長引かせるつもりもないので、先を促した。

「あ、そうそう。実はね、凪と結婚することになったんだ。」

「へ〜。そう…って、姉の私を差し置いて、結婚ですって!?」

適当に聞き流すつもりの卑弥呼であったが、稚武彦の言葉は、あまりにも衝撃的であった。

「…だって、独身でいなくちゃいけないのは、姉さんだけだろう?俺は、関係ないよ。」

「そうですよ、お姉さん。これから仲良くしないといけないんだから、気にしないで下さい☆」

「な、なに語尾をかわいくしてるのよ!全く!わかったから、好きにしなさい!」

さすがの卑弥呼も、凪を相手にするのは疲れるらしく、反論する気力を失っている。

「ありがとう姉さん。じゃあ、さっそくみんなにも知らせてくるよ。」

「はいはい。じゃあ、私は明日の準備をするから、堀の方へ行ってくるわ。」

卑弥呼は、ゆっくりと立ち上がると、笑顔の稚武彦と、なぜか口元をゆがませている凪を見送り、亀を育てている堀へと向かった。

〜今日の佐和彦〜

「う〜、やっと腰が伸びてきた…卑弥呼様!もう少しお待ち下さい!この佐和彦、必ずや回復して、お迎えにあがります!」

佐和彦は、適うことのない希望を胸に、腰を叩いて治療に励んでいた。


新しい登場人物

凪…稚武彦の妻。後に、娘を一人授かる。