卑弥呼が、稚武彦から結婚すると聞いてから数日が過ぎていた。

女王である卑弥呼の弟の婚儀ともなると、邪馬台国全体がお祭りムードに盛り上がり、騒がしい毎日が婚礼儀式まで続くことになる。

「なんだ?祭りか?収穫祭の時期でもないし・・・なんなんだ?」

腰の治った佐和彦は、久しぶりの外の空気を感じながら、周りの賑わいに気後れするものを感じていた。

佐和彦は、腰を痛めて療養していたため、稚武彦の婚儀の知らせを聞いていなかったのだ。そして、誰も知らせるのを忘れていた。

「何かの祭りを開けと、お告げでも下ったのか?」

 


「何か気に食わないんだよねぇ・・・」

卑弥呼が面白くなさそうに呟く。背後には御神木がそびえ立ち、銀色の鹿が、卑弥呼の傍らに座っている。さながら、鹿のソファーにゆったりと背中をあずけているようにみえるだろう。

御神木の森の入り口まで、例の坊主式社神輿をくりだし、数分前に御神木の根元に到着したばかりだというのに、まるでずっとそこに居たかのようなくつろぎっぷりだ。

「弟が先に結婚してしまうのが、そんなに気に食わんか?」

銀色の鹿のシロちゃんは、卑弥呼のぼやきに茶化すような返事を返す。その姿は、森の神であるにふさわしい立派な角の大きな銀色の鹿だ。

「そういう意味じゃなくてさ、あの凪って子がね・・・どうにもひっかかるんだよ」

「何がひっかかっているんだ?」

シロちゃんの疑問と同じように、卑弥呼自身、答えを見出せないでいるところだ。

「どこかで会っている様な気がするんだけど・・・」

卑弥呼は、持参した白くにごった神酒をちびりと口に含み、珍しく難しい顔をして黙り込んだ。

 


その頃、卑弥呼不在の邪馬台国の中央の広場は、喧騒につつまれていた。

「やっちまえー!南持衆なんて貧弱ぞろいだぞー!!」

「北持衆の野蛮人どもに、どっちが上か分からせてやれ!」

邪馬台国は、東西南北に門を構え、その門の近くに持衆と言われる町内会のような物が形成されている。祭りともなると各々の勢いを競い合い、それは見事に祭りが盛り上がるのだ。しかし、興奮した群集に喧嘩はつき物で、特に南持衆と北持衆の争いは激しい。

今回の火種は、中央広場の場所争いから喧嘩が始まったようだ。

「餅冶(もちじ)さん!南のKIAIみせたってください!!」

餅冶と言われた大男が、のそりと前に出る。門番よろしく、持衆は門番を仰せつかる者たちのことを言う。そのため屈強な男衆に、気の強い女衆が多いことで有名だ。

そんな中、南持衆一の力持ちがこの餅冶である。

「餅冶なんぞ、北の双璧!!右豪(うごう)さんと左豪(さごう)さんには適うまい!」

餅冶よりは少し小柄なものの、人ごみの中から屈強な2人の大男が前にでてくる。

「稚武彦様の婚儀の祭りを取り仕切るのは、我々南持衆と思わんか?北の人」

「「何を言う!北持衆こそ邪馬台国一の屈強!取り仕切るは我々ぞ!」」

餅冶の低い声は、空気を震わせるような凄みを帯びていた。右豪と左豪の声は、恐ろしいほどのハーモニーを響かせていた。

互いに睨みあい、今にも大きなぶつかり合いが始まるかのように見えた。

 

「しかし、シャバの空気はうまいな!」

元気いっぱいの佐和彦が、伸びをしながら大声を上げる。河原に面した斜面は、冬の寒い時期をすぎ、芽吹き始めた若葉が心地よい。邪馬台国のほぼ真ん中を横切るかたちで流れるこの川は、国民の水源となり、国を支えている。

河原に座り込み、雲を眺めていた佐和彦は、好きで暇をしているのではなかった。

長く寝込むほどの腰痛だったため、親友であり上官である稚武彦から長い休暇を出されていたのだ。

「卑弥呼様が直々に俺の身を案じて、休みをくださったって稚武彦のやつ言ってたな。本調子になるまで頑張って休むぞ!!」

佐和彦をおとなしく休ませておくには、卑弥呼の名前を出すのが一番だと分かっている稚武彦の作戦はまんまと成功し、現在の佐和彦の状況があるわけだ。

「しかし、リハビリで歩いてきたのはいいが、長いこと寝ていたせいで体がなまっちまったなぁ」

意味不明に腕をぶんぶん振り回す。両手を振り回し、絶好調な回しっぷりに達した時、佐和彦の背中に、息を切らせた女性の声がかけられた。

「ああ!佐和彦様!?佐和彦様ではございませんか!」

「んん?」

両腕の回転をやや抑えて、佐和彦は声の主の方を向く。そこには、東持衆一の美女と有名な凛があわてた様子でこちらを見ていた。

「お願いです、中央広場まで一緒にきてください!」

焦った様子の凛は、佐和彦に駆け寄ると首根っこを掴みそのまま走り出した。

佐和彦は、されるがままに暗雲立ち込める中央広場へと、その運命をゆだねたのである。。。。