東持衆一の美女、凛に引っ張られるがまま中央広場にやってきた佐和彦は、そのあまりの喧騒に面食らってしまった。
数人の屈強な男たちがぶつかり合い、その周囲ではたくさんの野次馬たちが取り囲んでいる。
「なんだ?なんだ?これは何の騒ぎだ?」
民衆が何を争っているのか、皆目検討もつかない佐和彦は、ここまで自分を引っ張ってきた凛に尋ねた。
「これは、婚礼儀式の前夜祭のために、北持衆と南持衆が場所取りで争っているのです」
「婚礼儀式の前夜祭!?」
「はい・・・・おめでたい儀式の前だというのに、このように争って・・・・・申し訳ございません、佐和彦様、止めてくださいませ!」
凛は、目に涙を浮かべながら懇願した。しかし、その様子は佐和彦には伝わらなかった。なぜなら――――、
(婚礼の儀式?何の事だ?誰のだ?・・・・・前夜祭が行われるほどの婚礼ともなると、当然王族・・・・・・まさか・・・まさか・・・・)
「あの・・・・?佐和彦様?」
群集を凝視したまま動かない佐和彦をいぶかしんだ凛は、遠慮なく声をかけたが、その声もやはり、彼には届かなかった。なぜなら――――、
(そうか・・・・・そういうことかっ!!)
彼は、自分の思考に没頭していたのだった。
(それならば止めねば・・・・・この騒動は私が止めねばならぬ!)
決意みなぎらせた佐和彦は、群がる野次馬をかきわけ、押しのけ、中央に躍り出た。そして――――、
「やめい!やめるんだー!!」
よく通る大きな声で、殴りあう男たちを止めに入り、南持衆の餅冶の鉄拳を左手で受け止め、北持衆の右豪と左豪の両拳を右腕でさばいてみせた。そこはさすがに、王族の近衛兵である。
「佐和彦様?」
「佐和彦様だ!」
喧騒に包まれていた中央広場に、突然現れた男が誰であるのか理解した群集は、自然と沈静化していった。
ようやく静かになった広場の中央に立ち、佐和彦は群集をぐるりと見渡すと、なにやら説教を始めた。
「何をやっているのだ、皆の衆!一番良い場所で、最高の祝を披露したいという気持ちはわかるが、だからといってこのように争ってはいかん!大事な民衆が怪我をしたともなれば、卑弥呼様が哀しまれるであろう!」
佐和彦の言葉に、争いあっていた男たちははっとしたようである。
「一番大事なのは、己をよりよく見せることではない。民衆が心を合わせて祝う、その気持ちが大事なのだ!」
佐和彦は、中心で争っていた餅冶や右豪と左豪を顧みた。男たちは感動したのか、声を詰まらせ――――、
「佐和彦様・・・・・・」
「自分たちが間違っておりました〜!」
と、涙にまみれながらその場に平伏した。それにならうように、野次馬たちもその場に膝を着いて反省した。
「わかってくれればよいのだ」
佐和彦は大変満足し、中央広場をあとにした。その足取りは、とても軽かった。なぜなら――――、
(婚礼とは・・・・先日の林棒団主の功に対する褒美だろうか?しかしまさか、そんな話がすすんでいたとは・・・・・稚武彦様もお人が悪い)
佐和彦は、自然と溢れ出る笑いを止められなくなってきた。歩調はすでに、スキップになっている。
(フフ・・・フフフフフフ・・・・・婚礼か・・・・私と卑弥呼様の婚礼かぁぁぁぁぁぁ!)
グフフフフと笑いながらスキップしている佐和彦の背後で、騒動を治めてくれたお礼を言おうと後を追っていた凛が、異様なモノを見る目で見つめていた――――。