「ステキ…」
嵐鹿(らんか)は、腕をねじ上げられている事を忘れるほど、佐和彦に見とれていた。
「この、佐和彦様の、至福の時を邪魔するとは、いい度胸だな。」
術が解けたばかりで、まだ視界がぼやけている佐和彦。
嵐鹿の腕をつかんだまま、ゆっくりと立ち上がった。
「きゃ、痛!」
急に佐和彦が立ち上がったため、腕はさらにねじ上げられ、嵐鹿は、痛みで声をもらした。
「何?この声、女か?」
その声に、佐和彦は手をパッと離し、目をこすり始めた。
「ね、姉さん…佐和彦に気付かれたら、大変な事にならないか?」
「そうね…いくらなんでも、騙されて夫婦になるなんて、佐和彦だって、納得しないわよね。」
時間がなかったため、佐和彦への説明など、一切していない卑弥呼。
嵐鹿だけではなく、佐和彦にも暴れられてしまうと、大広場で待ち構えている民衆にも、影響が出てしまう。
「どうしよう。このままでは、暴動がおきかねないよ。」
「待って。嵐鹿の様子が変よ。」
「あれ?本当だ。急におとなしくなったな…」
卑弥呼と稚武彦は、叩き落された短剣を拾おうともせず、目をこすっている佐和彦を、ただ見つめている嵐鹿に気付いた。
「おい、嵐鹿。あんた、もしかしてこいつのこと、気に入ったのかい?」
卑弥呼は、佐和彦に気付かれないように、嵐鹿の耳元で、ささやくように尋ねた。
「え、ええ。これだけいい男だったら、騙されても、夫婦になってやってもいいかな〜…とか。テヘッ!」
「ほ〜。こいつがいい男にね〜…一体、どこをどう見たら…ああ!」
嵐鹿の言葉に驚きながら、卑弥呼の頭に、ふとある考えが浮かんだ。
「嵐鹿。私の側近になるんだったら、あんたの正体はばらさないし、この国で住んでもいいよ。」
「ほ、本当!?いいわよ!どうせ年をとったら、誰かの身体を奪えばいいだけだしね!」
「それじゃあ、決まりね!稚武彦、佐和彦を私に向けなさい!」
「え?あ、ああ。佐和彦、ちょっと痛いぞ。」
二人の会話が聞こえていなかった稚武彦は、突然の卑弥呼の指示に、少し戸惑いながらも、目をこすっている佐和彦の顔を、卑弥呼に向けた。
「いて、今度は何だ!?」
急に振り向かされた佐和彦は、目をこするのをやめ、状況を確認しようとした。
「佐和彦!凪は、私なの!そう、私に見えるのよ!」
しかし、卑弥呼は、佐和彦が状況を把握する前に、ジッとその目を見つめ、再び術を施した。
「は、はい…?その声は卑弥呼様…凪は卑弥呼様…えへ。」
そして、佐和彦の目が、トロンと垂れ下がり、嵐鹿を見る視線が変わった。
「…卑弥呼、何をしたの?」
「ええ。あんたが、私に見えるようにしたのよ。まあ、要するに、佐和彦にとって、あんたは私ってことね。」
「ちょ、ちょっと。それじゃあ、佐和彦様にとって、卑弥呼は二人いるってことじゃない。」
いつの間にか、嵐鹿は、佐和彦を“様”付けで呼んでいる。
「大丈夫よ。それは、婚礼の儀の間だけだから。術が解けたら、佐和彦に説明するから、心配しないで。」
「わ、分かったわよ。でも、約束よ!必ず、佐和彦様を納得させるのよ!」
「はいはい。でも、あんたも協力するのよ。こいつを納得させるには、ちょっとコツがいるんだから。」
卑弥呼は、ボーっとしている佐和彦を、嵐鹿の方へ向けると、落ちている額飾りを、頭にかぶせた。
「それじゃあ、行きましょうか。民衆にも、説明しないといけないしね。本当は、稚武彦ではなく、佐和彦と凪の婚礼だった、ってね。」
「まったく…無茶苦茶な婚礼の儀になったな…」
卑弥呼がスッと前に出ると、稚武彦は、ぶつぶつと文句をはきながら、扉を開けた。