「フ・・・フフフ・・・・・・タスケテ・・・ネエサン・・・」

稚武彦の恐怖におののく小さな声。しかし、卑弥呼が現れる気配は一向にない。

「ふー、ふー…まさか、自然回帰の舞を使えるとは思わなかったわ。」

大蛇となった嵐華は、シューシューと舌なめずりしながら、天井をゆっくりと這いずり回っている。

「アハハハハ…ヘビ、オッキナヘビ…」

しかし、すでに現実逃避を始めようとしている稚武彦には、嵐華の声は届いていない。

「あ、思い出したわ。この前のときも、稚武彦様は大蛇になった私を見て気絶したけど、その後は鬼神のごときに襲い掛かってきたんだった。」

嵐華は凪に乗り移る前のことを思い出し、稚武彦から距離を置いた。

そして、まだ廊下でもだえ苦しんでいる佐和彦の方を向いた。

「う〜ん、今乗り移れそうなのは、佐和彦様の身体だけど…流石に男はいやよね…」

佐和彦は白目をむき、口から泡を吹き出し、気を失いそうになっている。

「でも、チャンスなのよね〜。意識がなければ、すぐに乗り移れるし。稚武彦様に襲われる前に、少しだけ逃げ込もうかしら。」

嵐華は稚武彦と佐和彦を交互に見ながら、ため息をついた。

その間にも、稚武彦の殺気が膨らみ始めている。

「あ〜、悩んでいる暇はないようね!佐和彦様、少しだけ身体を借りるわよ!」

嵐華はどさっと佐和彦の身体の上に乗ると、身体の中へ潜り込もうとした。

“ガラ”

「さっきからうるさい…あら、嵐華。正体を現したの?あ、稚武彦ったら、あの舞を使ったのね。」

突然、卑弥呼の部屋の扉が開き、中から玉すだれを手にした卑弥呼が現れた。

「そうよ!おかげで邪馬台国を乗っ取ろうという私の計画は、すべてパーよ!こうなったら、すべてを壊してやるわ!」

「へー。面白いわね。いいわ。私に勝てたら、この国をあげるわよ。」

卑弥呼は玉すだれを懐に仕舞い、凪を抱きかかえながら殺気に包まれ始めている稚武彦の目に手をかざした。

すると、稚武彦は一瞬で気を失い、廊下に倒れた。

「卑弥呼。稚武彦様を気絶させていいの?あなた一人で私に勝てると思って?」

「だって、今から婚礼の儀があるのに、稚武彦に怪我をさせるわけにはいかないでしょ?」

まるで、佐和彦が目に入っていないような言い方の卑弥呼。嵐華は、クスッと笑った。

「嬉しいわね。こんな簡単に邪馬台国が手に入るだなんて。」

嵐華は佐和彦から離れると、卑弥呼に近付いた。

「じゃ、決まりね。こっちへ来なさい。ふさわしい舞台へ連れて行ってあげるわ。」

卑弥呼は再び玉すだれを取り出すと、嵐華の脇をすり抜け、出入り口へ向かった。

「むぎゅ!」

その際、佐和彦を踏みつけてしまったが、卑弥呼は全く意に介さなかった。

「ふさわしい場所?何を考えているのかわからないけど、死に場所くらいは選ばせてあげるわ。」

嵐華は、もう一度クスッと笑うと、ズリズリと卑弥呼の後を着いていった。

佐和彦は嵐華に巻きつかれてしまい、そのままズルズルと引っ張られていった。