〜時がすべてを解決してくれる〜

今までこの言葉が、これほどまでに身に染みることはなかった。

そして、その時というものをこれほどまでに憎んだこともなかった。

某年4月…

「すいません、ちょっと集まってください。」

慌しい時間も過ぎ、仕事もひと段落ついた頃、店長が従業員をフロアに集めた。

フロアと言っても、そこは小さなビルの一室。2つしかないその部屋からは、誰が何をしているのか一目でわかる。

カーペットが敷かれている床に、作業の手を止めた従業員たちが座る。

続いて、店長が従業員たちの前に座る。

「どうしたの?そんな真面目な顔をして。」

年配の女性が、珍しく難しい顔をしている、自分より若い男性店長に向かって、不思議そうにたずねた。

他には20代前半の女性従業員が2名に、1ヶ月前に採用されたばかりの俺が、店長の言葉を待っている。

「えっと、その、大事な話がありまして。」

店長は、目の前の従業員たちの視線から逃れるように顔をやや下に向け、モゴモゴと言葉を発する。

その態度に苛っとしたのだろう。一人の若い従業員が、声を荒げた。

「店長、早く話してください!まだ仕事が残っているんですよ!」

その語気の強さにビクッとする店長。

おかしい。普段、いくらおとなしい店長とはいえ、ここまで何かに怯えることはなかったのだが…

余程、話したくないことなのだろう。

「す、すいません。とてもいいにくい話なので・・・」

それでも店長は、まだ本題に入ろうとしない。

従業員たちからは、”はぁ”っと、苛立ちのため息が漏れる。

「きょ、今日はお休みの方もいますが、その方たちには後でお伝えするとしまして・・・実はですね・・・」

店長の視線は宙を泳ぎ、なるべく視線を合わせないようにしている。

一体何の話だろうか?横に座っている若い女の子ではないが、さすがにこの態度では、俺も苛々としてくる。

「じれったいわね。はっきりしなさいよ!」

ついに、もう一人の若い従業員が怒鳴った。

「あ、ああ、すいません!いいですか?よく聞いてくださいね。実は今月一杯で、この店が閉店となります・・・」

「はい?」

従業員一同、苛々しながら聞いていたので、一瞬店長が何を口走ったのか、理解が出来なかった。

「・・・店長。今、閉店って言いました・・・?」

数秒後、年配の従業員がようやく口を開き、店長に問いただす。

「はい、そういいました。本社から昨日、そう通達がありました。」

店長は、ついに言ってしまった、と後悔の表情を浮かべながら、一枚の紙を差し出した。

A4サイズの紙には、”4月30日をもって、〜店を閉店とする。”と書かれている。

とは言っても、この会社が運営している店は、この俺が今いる一店舗しかない。

「じゃ、じゃあ我々は一体どうなるんですか・・・?」

俺は、恐る恐る聞いてみる。

「・・・本社はこの店の他に、同じような専門店を持っていません。なので、みなさんは退職という形になります・・・」

店長は、一ヶ月前に雇ったばかりの俺に、申し訳なさそうな視線を向ける。

そんな視線はいらない。必要なのは、働く場だ。俺は一体何のために雇われたんだ?

「詳しいことは、後日連絡します。それまではこちらの従業員なので、最後までお願いします。」

早くこの場から去りたいのであろう。店長はさっと立ち上がると、店の外へ出て行った。

放心状態のまま残された俺たちは・・・

「・・・どうする…?」

「どうすると言っても・・・次の仕事を探すしかないんじゃない…?」

首を横に振り、ため息をつく従業員。

フラフラと立ち上がると、それぞれの仕事へ戻った。

その後、無言で作業が続いた。

とりあえず、今日の仕事を片付けた俺は、ボーっとしながら店を後にした。

狭く急な階段を降り、暗くなった外へ出ると、職場である小さな小汚いビルを見上げる。

街中から少し外れたそのビルから漏れるわずかな明かりは、先の見えない未来を現しているようであった。