俺は、あけぼの作業所の代表と、白い長机を挟み、向かい合って座っていた。
「私が、このあけぼの作業所の代表、小山です。」
そう笑顔で言いながら、小山は一枚の名刺を取り出し、俺に差し出した。
「ありがとうございます。私は中村です。よろしくお願いします。」
名刺を受け取りながら、簡単な挨拶を済ませると、小山は一呼吸おいてから、口を開いた。
「すいませんね。まだ出来たばかりの施設で、殺風景なんですよ。」
相変わらず微笑んだままの小山。でも何か違和感がある。
「はぁ、そうですか。でも、こんな施設があるなんて、知りませんでした。」
俺は軽く流しながら、早くこの場を去りたいと思っていた。
「そうでしょうね。これから周囲の人たちに、理解を求めていくところですから。」
小山は、なぜかふうっとため息をつきながらうなづく。
「私はね、代表と言っても、アルバイト扱いなんですよ。この作業所を作ったのは私ですけど、若い人たちに頑張ってもらいたくて。」
小山は突然、聞いてもいないことを口にする。
俺は、どう答えて良いのかわからずに、黙ったまま小山の顔を見ていた。
「でも、その若い人たちが・・・まだまだなので、私がどうしても表に出なければならないんですよ。」
なるほど。次世代へつないでいきたいが、まだその段階ではないので、ため息をついたのだろう。
しかし、面接でそんなことを言われると、相手が不安になると思わないのだろうか?
そんなことを考えていると、小山の表情が急に変わった。
「ところで中村さん、なぜこの作業所へ?」
今まで微笑んだりうつむいたりしていた小山が、急に真剣な目で俺を見る。
さっき感じた違和感は、これだな。
この小山の表情、これが本来の小山であろう。
あの笑顔は、本来の姿を隠すためのものだったのだ。
鋭い視線で、上から下まで俺を観察するように見ている。
さすが、代表と言われるだけのことはある雰囲気を感じさせる。
「実は、今勤めているところが閉店になることになりまして。それでたまたま新聞のチラシを見たら…」
別に隠すことはないだろう。俺は正直に答えた。
「ああ!あのチラシを見たんですか!やっぱり出してみるものですね。」
小山は、なぜか感動しているようだ。
そんなに感動されても困る・・・
「それで、その閉店するお店って、何のお店ですか?」
「ええ、託児所なんですよ。自分は、そこで保育士をしていたんですが・・・」
そして、今の仕事の話へ移ると、小山は表情を一瞬曇らせた。
どういうことだろう。何かまずいことを言ったのか?
「そうでしたか。それは大変ですね。さて・・・少し中を案内しますわ。」
小山は再び笑顔に戻ると、立ち上がった。
「え?案内・・・ですか?」
まだこの施設のことを、何一つ聞いていない。
なんだ、この流れは。
「ええ。話すより直接見ていただいたほうが、理解しやすいと思いまして。さあ、どうぞ。」
・・・今まで出会ったことのないタイプの人間だ。
俺は、少し覚悟を決め、小山の心を覗いてみることにした。
そう、俺はほんの少しではあるが、人の心を読み取ることが出来る。
ただし、この力には大きな弱点があり、反動が強いために滅多に使わないのだが。
”…保育士ね…まあ、貴重な男の人だし、大丈夫だとは思うけど…”
小山は保育士に対して、あまりいい思いを持っていないようだ。
だから、一瞬表情を曇らせたのか。
そして、その理由を考えているうちに、俺は心を閉じることを忘れてしまっていた。