小山の案内で、作業所内の見学が始まった。

面接室を出ると、普通よりも広めの廊下を進んだ。

俺は、小山の後からついていく。

廊下の壁には、手すりが付けられていた。

「障害者の方が利用しますからね。バリアフリーになっているんですよ。」

小山は、チラッと俺の方を振り向いて説明をはじめる。

”見ればわかるけど…”

俺は、一応福祉の仕事に携わっている。ジャンルは違うが、それくらいは分かる。

しかし、いちいち突っ込むことはせず、ただうなづいて話を聞くだけにした。

少し進むと、左右にドアが見えてきた。

大き目のドアだ。この先には、作業現場があるのだろうか?

「この部屋は、作業が出来ない重度の方が利用しています。」

小山は、左側の前に立つと、扉を開けた。

”…リタイ…”

”…クルシイヨ…”

”タノシイナ…”

その瞬間、俺は気分が悪くなった。

しまった、小山の気持ちを探ろうとして、心を開いたままだった。

一度人の心を読もうとすると、周囲の想いまで飛び込んでくるため、読むときは一対一の時のみにしているのだ。

俺は、慌てて深呼吸をし、心を内へしまい込む。

「…どうしました?汗をかいているようですけど…暑いですか?」

小山は、扉を開いて振り向くと、急に汗をかきはじめた俺に、キョトンとしながら話しかけた。

「あ、ああ大丈夫です。汗かきなもので…」

俺は、顔を引きつらせながら笑うと、ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭いた。

「そ、そうですか?じゃあ、説明をしますね。」

小山は、まだ不思議そうな顔をしていたが、視線を部屋に戻した。

説明が始まった。

最初に入った部屋は、障害が重く、作業に加わることが出来ない人達が過ごしているとの事。

広々とした部屋には、ソファーやテーブルが置かれている。

部屋の角には、小さなキッチンがあった。

そして部屋の中には、車椅子に乗った女性、床に寝転んでいる男性がいた。

その男性の横で、職員と思われる若い女性が俺に気づき、会釈をする。

俺も会釈を返すと、小山がその職員に話しかけた。

「こちらは、今日面接にこられた中村さんよ。一緒に働くことになると思うから、よろしくね。」

…困ったな。まだ働く気なんて、ないんだが…でも、生活のことを考えたら…

それから再び、小山は案内を続けた。

この部屋の右手側に、扉が4枚ある。

その真ん中の扉を開くと、この部屋とは比べ物にならないくらいの広い部屋が、目に入った。

いや、部屋というよりは、調理室と言ったほうがいい。

シルバーの調理台に、大きな業務用のオーブンに冷蔵庫、食器洗い機に棚。

調理台の周りには、白衣を着た人達が、卵を割ったり、粉をかき混ぜたりしている。

よく見ると、椅子ではなく、車椅子に座って作業をしている人が殆どだ。

これでやっと、作業所という雰囲気が感じられる。

「ここでは、障害者の仲間とお菓子を作っています。」

小山の口調が、少し自慢気になった。

そんなにすごい事なのだろうか?確かに、建物の大きさはすごいが…

そして、俺は小山の後に続いて部屋に入ると、作業をしている障害者の人達が、一斉に視線をこちらに向けた。

睨みつけるような視線、おびえたような視線。そして、興味津々な視線。

この視線の中にも、様々な想いはあるんだろう。しかし、その想いを覗こうとは思わない。

小山は、彼らに声を掛けながら、説明を進めた。

ここで作られたお菓子は、この作業所で販売をしている。

しかし、お客は保護者が中心で、まだ外部からはない。

「どうしたら、うまく宣伝できますかね。いい案があったら、教えてください。」

小山は、半ば期待するような目で、俺に問いかけた。

「い、いや〜、急にそんなことを言われても…」

しかし、答えられるわけもない。

小山は、ふうっため息をついた。

「そうですよね。でも、今いる職員からも、何の案も出なくて…」

どうやら、本気で俺に聞いてきたようだ。そこまで困っているとは…

もしかして、ここもすぐ潰れてしまうのか?

そんな考えが頭を巡り始め、そこからは小山の説明が耳に入らなくなった。

「じゃあ、次は二階へ行きましょう。」

「は?あ、はい!」

ハッと我に返った俺は、思わず妙な返事をしてしまった。

…この二階で、二度と持ってはいけない感情を芽生えさせてしまうことになるとは、夢にも思わずに…