その後、二階の作業室(料理屋の調理場みたいな感じであった)の案内を受け、俺は作業所を後にした。
帰る前に小山は、
「じゃあ、二〜三日後に実習の連絡をしますね。」
と一言。
まだ何も決めていないというのに、いつの間にか実習もすることになったようだ。
だがアパートに戻った俺は、実習の事よりも、大内の事を考えていた。
ごろんと横になり、天井を見上げる。
白いボードの天井は、ただ黙って俺の視線を受けている。
「う〜ん、実習は行きたくないけど、あの大内って人には会いたいな…いや、そんなことはないぞ!」
俺は、幾度となく浮かび上がってくる想いを否定するが、なかなか消すことが出来ずに苦しんだ。
「そうだな…今日あったばかりだもんな…一晩寝たら大丈夫だろう。よし、寝る!」
寝るには少々早い時間だが、俺はさっさと寝ることにした。
単に挨拶を交わしただけだ。それに、彼女には付き合っている男性がいる。寝たら忘れられるさ…
そう思いながら、俺は眠りについた。
心を開いた影響で、いつもより精神力の消耗が激しかったためか、俺は夢を見ることなく眠り続けた。
「…ん…?もう朝か…」
外の明かりを感じた俺は、ゆっくりと目を開ける。
少しボーっとしながら、時計を見る。
「あっと、こんな時間か。思ったより眠っていたな。」
俺は、布団から出ると、洗面所へ向かう。
サッと顔を洗うと、意識がはっきりとした。
「しかし、もう子どももいないというのに、片付けだけに行くのは面倒だな。」
託児所には、もう子どもはいない。全員無事に、他の託児所へ移ることが出来たのだ。
だが、託児所に残されたベビーベッド等の片づけが残っている。
それも、後一日で終わるのだが…
最後の片づけをするために、俺は託児所へ向かった。
「先生、仕事見つかった?」
託児所へ入った瞬間、年配の女性が心配そうに声を掛けてきた。
実は、他の保育士たちはすでに次の仕事を探し終えていた。
残りは俺だけである。
「う〜ん…見つかりそうにはなっているけど、乗り気じゃないんだな…」
俺は、困った表情をしながら答えた。
「そう…でも先生は一人暮らしでしょ?とりあえず仕事をしないと、食べていけないじゃない。」
確かにその通りである。
「そうだよな…でもな〜…」
分かってはいるものの、俺はすっきりしない。
「いいじゃない、合わなかったら、すぐに辞めればいいんだし!」
若い女性が、優柔不断な俺の背中を叩く。
「…そうだな。そうしようか。」
俺は、まだ何か心に引っかかるものがあったが、同僚達の勧めで、とりあえず作業所で働く気になっていた。
その、心に引っかかっていたことは、大内のことであるということは、後から気付くのだが。
その時は、本当に一晩寝ただけで忘れることが出来ていた。
だから、たいした想いではなかったはずだった。