出勤する楽しみを見つけた俺は、いつの間にか障害にも興味を持ち始め、このまま働き続けてもいいかな、と思うようになっていた。
そんな思いを抱き始め、最初の一週間が終わろうとしている時。
「再来週の日曜日に、バザーがあります。全員出勤してくださいね。」
作業室の隣の部屋で、一日の日誌を書いている時に、後藤が現れてそう告げた。
バザー?ここでやるのだろうか?
「あ、中村さんは初めてでしたよね。ここと交流のある施設でのバザーに、毎年参加しているんですよ。」
交流のある施設・・・その言葉に、少し意外性を感じた。
保育園や託児所などにいた時は、聞かれない言葉であったからだ。
もちろん、いがみ合っているわけではない。
また、外部とも交流していない、というわけでもない。
近くにある交番や消防署、小学校やスーパーなどとは、散歩に訪れたり子ども達の絵を貼らせてもらったりすることもある。
ただ、保育園同士での交流は、経験上全くなかったのである。
「毎年、ここのお菓子を販売させてもらっているんですよ。」
あれ?俺はもう一つ疑問がわいた。
毎年・・・?そういえばこの施設は、出来たばかりなのではないのだろうか?
「後藤さん、毎年って…あけぼの作業所って、今年出来たばかりじゃないんですか?」
俺の質問に、江藤や他の指導員が、笑いをこらえ始めた。
「・・・中村さん、実習のときに、以前の場所から引っ越してきたということ、話していませんでしたっけ?」
後藤も、苦笑いしながら答える。
「え?そうでしたっけ?すいません。」
俺が、心を読み始めているときに受けた説明だったのかもしれない。
江藤達は、俺より随分と若いのに、慣れた様子で働いているな、と思っていたが、そういうことだったのか。
「では、今年出すお菓子の種類と数を決めておきますので、来週から製作準備にかかってください。」
後藤はそういい残すと、部屋から去っていった。
「中村さんって、真面目そうだけど、案外抜けてる人だったんですね。」
江藤は、日誌を書きながら、まだクスクスと笑っている。
「い、いや。たまたま別の事を考えていて、聞こえていなかっただけだよ・・・」
俺は、顔を少し赤くしながら、言い訳をする。
「それが、抜けてるって事じゃないんですか?」
しかし、江藤の横に座っている矢口が、すぐに鋭いツッコミを入れる。
「・・・はい・・・そのとおりです・・・」
俺が素直に認めると、再び笑いが起こった。
”こんな風に、からかわれたり笑い声が飛び交う職場もいいもんだな。言われる相手にもよるだろうけど。”
俺はガックリとうなだれながら、心の中でそう思っていた。
「みんな、楽しそうね。」
突然、大内が笑顔で現れた。
「大内さん、中村さんったら・・・」
江藤が、笑っている理由を説明しようとする。
俺は、内心あせった。
待ってくれ。さすがに大内に知られたら、恥ずかしいじゃないか。
しかし、大内は江藤がすべて話す前に、クスクスと笑い・・・
「ええ、聞いたわよ。中村さん。自分の職場のことくらい、ちゃんと知っておきましょうね。」
すでに後藤から聞いていたようである。
ああ・・・大内の、俺に対する印象が悪くならなければいいが・・・
なぜこんなことを思ったのか。その時は、そう思うことが当たり前のように感じていた。
抑えたはずの感情が、育ち始めようとしていることなどに、全く気付かずに・・・