わかくさ園は、三階建てのビルを、施設に改造したものである。
今まで、街中にある施設は見たことがなかったが、こんな形の施設もあることに、俺は感心した。
「あ、あけぼのさんですね。お疲れ様です。今日はよろしくお願いします。」
すでに開け放たれている両開きの扉に入ると、玄関でわかくさ園の女性職員が立っていた。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
鈴木は、顔見知りだったのだろう。俺の一歩前に出て、挨拶を返した。
俺も、一緒に頭を下げる。
「わかくさ園さんのコーナーは、二階にあります。こちらへどうぞ。」
女性は、左手側にある階段を指し、俺たちを誘導した。
「あれ?そういえば大内さんと江藤さんは?先に入ったはずだけど…」
大内と江藤は、小さな荷物を持って、俺達より先に入ったはずであった。
「ああ。彼女達なら、職員室で話をしていましたよ。」
女性が、俺の疑問に答えてくれた。
なるほど。大内はあけぼの作業所に勤めて長いと聞いている。
他の施設に知り合いがいても、おかしくないだろう。
俺は”なるほど”と答えると、そのまま階段へ向かった。
まるで学校のような階段を昇っていくと、一人の利用者とすれ違った。
彼は階段で立ち止まると、俺と鈴木を興味深く見つめる。
俺と鈴木は、無言で頭を下げると、その利用者はニヤニヤしながら階段を降りていった。
何か楽しいことがある、ということを、彼らは雰囲気から感じ取っているのだろう。
階段を昇った後、さらに数人の利用者と顔を合わせたが、皆同様に笑顔を振りまいている。
「このフロアです。」
女性が、玄関と同じような両開きの扉を開いた。
「うわ・・・広いな…」
思わず俺は、口に出してつぶやいてしまった。
俺の目の前には、ちょっとしたファミレスくらいのフロアが広がっていた。
学生時代、見学で様々な施設を訪問したが、通所施設でこれだけの広いスペースがあるところは、見たことがない。
「あの角が、あけぼのさんのスペースです。」
当然の事ながら、職員である女性は動じるはずもない。
「広いな、ここは…」
「そうですね。でも普段は、機能訓練の道具だらけで、それほど広くないはずですよ。」
鈴木の答えに、女性はうんうんとうなづいた。
「ええ。それに、二十人の仲間と、職員が十人位入りますし、これでもそれほど広く感じないんですよ。」
このわかくさ園でも、利用者を”仲間”と呼んでいる。
俺の今までの常識も、考え直さないといけないらしい。
女性が案内してくれたスペースには、すでに長机が二つ並べられていた。
俺と鈴木がそこに荷物を置くと、
「あ、今年もここなのね。」
荷物を抱えた大内が、後ろから声を掛けてきた。
大内の細身の身体には、いくら小さい荷物といえども、重たく見える。
「大内さん、持ちますよ。」
俺は、思わず大内の荷物に手が伸びた。
「ありがとう中村さん。」
大内は俺に荷物を渡すと、ニコッと笑顔で返してくれた。
その笑顔が、俺にはまぶしかった。
でも、目の前に机があるのに、ここで受け取らなくてもよかったな、と後から思う。
しかし、どうしても受け取らなければならないと、強く感じてしまったのである。
大内の隣に立っている江藤が、少々不満そうな顔になっていたことには、全く気付かなかった