俺達のお菓子販売は、思ったよりも早く終わった。休憩から戻ってまもなく、すべてのお菓子が売り切れたのだ。
「じゃあ、後は自由行動で。集合時間だけ忘れないでください。」
荷物をすべて片付けた後、後藤は職員を集めてそう言った。
「私、あそこにあるハンドマッサージ行ってこようっと。」
大内は、すぐに踵を返して、近くにあったマッサージコーナーへ向かっていった。
「あっはっは。さあ、中村さんも何か見たいものがあれば、行ってきていいですよ。」
後藤はそれを見て笑うと、俺に話しかけた。
「ええ。そうします。」
実は、俺もマッサージに興味があったのだが、大内と一緒に行くのはさすがに抵抗がある。
仕方なしに、バザーの残り物を見ることにした。
さすが、元々必要のないものを集めたコーナーである。
誰も手をつけないものばかりが残っていた。
しかし…
「あれ?このセット、まだ残っていたのか。」
それは、バザーが始まる前、俺が目をつけていたコーヒーカップセットであった。
「あ、これですか?半額にしておきますよ?」
俺のつぶやきに気づいた担当者が近づいてきた。
「半額?千円だから五百円か…う〜ん、少しぶらつきながら考えてきます!」
一瞬、心が揺れる。だが、買ったからといって使う機会などない。
半額だからと言って、安易にうなづくことは出来なかった。
「ええ。一応とっておきますね。」
担当者はそういうと、そのセットを脇に避けた。
これでは、もう買うことを前提にしているではないか。
俺は困りながらも、その場を一旦離れた。
「あ、中村さん。一緒にどうです?」
会場から一旦出ようとすると、大内の声が聞こえてきた。
「え?あ、こんなところにいたんだ。マッサージか…やってみたいな。」
大内が向かったマッサージコーナーは、入り口のすぐ側にあった。
「うん。気持ちいいよ。向こうが空いてるから、是非!」
コーナーの人間でもないのに、妙に勧める大内。
まあ、誘われているのに断わるのは、申し訳ないことだ。
「それじゃあ、お願いしようかな。」
俺は空いている椅子に座ると、右腕を差し出した。
「最初は左腕から始めます。」
どうやら、順番があるらしい。俺は素直に左腕を出した。
「じゃあ、始めますね。」
マッサージが始まった。大内の言うとおり、なかなか気持ちのいいものである。
俺は、横目で大内をチラリと見た。気持ちよさそうな表情の大内。
…うらやましい…と思ってしまった。
大内の腕をマッサージしているのは、女性であるのだが、その女性がうらやましかった。
「お客さん、いい腕していますね。」
俺をマッサージしている男性が、話しかけてきた。
「ええ。学生時代は、運動部でしたので。」
話しかけないでくれ、と心の中で思う俺。しかし、無視するわけにはいかなかった。
「はい、おしまいです。」
しかし、無常にも大内のマッサージが終わってしまった。まあ、先に受けていたのだから、当たり前だが。
俺は少し残念そうな顔をした。
「あ、痛かったですか?」
男性はそれに気づいて、力を緩めた。
「え?ああ、大丈夫です。もう少し強くてもいいですよ。」
心の中でため息を付きながら、俺はマッサージを受け続けた。