わかくさ園のバザーも終了時間が近くなり、周りでは在庫処分のために、割引コールが響き渡っていた。

あけぼの作業所の商品は、すでに売れ切れているため、後は荷物を車に積んで、帰るだけである。

「一つ五十円です!お一ついかがですか?」

製菓学校の女子学生が、麻のカゴに入ったマドレーヌを、俺の目の前に差し出した。

あけぼの作業所でも、マドレーヌを売っていたのだが…

「あ、ああ。うん。一つもらうよ。」

でも、俺はすぐに同情してしまうタチなので、余程のことが無い限り断わることが出来ない。

女子学生は、嬉しそうにお金を受け取ると、俺にマドレーヌを一つ手渡した。

「おいしいですよ!私が保証します!」

別に保証はいらないのだが…

俺は苦笑いしながら、早速一口かじってみた。

「…お?本当においしいな。」

俺は心底驚いた。このおいしさなら、五十円では安すぎるだろう。

「でしょ?じゃあ、もう一ついかがですか?」

「ああ。どうせなら、もう二つくれないかな。」

家に帰ってからも食べようと、俺は百円を財布から出した。

「…中村さん、鼻の下が伸びてるわよ。」

その様子を見ていたらしい大内が、低い声で俺に話しかけた。

「え?い、いや。そんなことはないよ。本当においしいと思っただけで…」

「ええ。そうでしょうね。か弱い女性が、重たい荷物を運ぼうとしているのに、気付かないんですから。」

俺は、恐る恐る後ろを振り返った。

「…持ってないじゃないか…」

しかし、大内は自分のバッグ以外、荷物を手にしている様子はない。

「プ…じゃあ、ありがとうございました。」

女子学生は、一瞬噴出すと、そそくさとその場を去った。

「うふふ。騙されたわね。じゃあ中村さん。荷物を運びましょう。」

いたずらっ子の様に笑う大内は、俺の腕に、大きな箱を一つ載せた。

「うわ!お、重たい…あ、ちょっと待ってよ大内さん…」

俺の悲痛な声を無視して、大内は紙袋を一つ手に取ると、足早にドアへ向かった。

「お、おい…無視しないで…」

大内が無視する理由が全くわからない。

俺は重たい荷物から早く逃れるために、考えるのをやめて外へ出ることにした。

「な、中村さん。無理しないでくださいよ。腰を痛めたら大変ですよ。」

先に車を運んでいた後藤が、ふらふらとよろめきながら歩いている俺の姿を見て、驚いた声を上げた。

「あ、ああ。大丈夫ですよ。さあ、早く積んでしまいましょう。」

後藤が、俺の荷物を半分持つために、腕を伸ばすが…

「そうね。はい、これを先に載せて。」

ところが、大内は俺の前に割り込み、後藤に紙袋を渡した。

「お、おお?えっと…はい…」

後藤も面食らって、返す言葉が浮かばないようだ。

そのまま紙袋を受け取ると、車の後部座席へ放りこんだ。

「…よいしょ…」

俺は一人で、後藤に続いて荷物を載せる。

「これで全部ね。鈴木君、中村さん。帰りましょうか。」

少々不機嫌そうな大内。誰もが、声を掛けずらい状態になってしまった。

しかし…あれだけの荷物を、たった一回で運び終わったというのか…

俺が持たされた荷物は、どれだけのものが入っていたのやら…

行きと同じ様に、大内が運転席、俺が助手席、鈴木が後部座席へ座った。

「じゃ、じゃあまた職場で。」

「はい。後藤さん、江藤ちゃん、またね〜。」

あれ?大内はいつもどおりだ…

大内の態度の変わりように、俺は混乱せざるおえなかった。

ヒザに載せたコーヒーカップセットが、箱を通して妙に冷たく感じた。